全仏オープンテニスの歴史
全仏オープンテニス大会は、飛行家ローラン・ギャロス(1888年 - 1918年)の功績を称えて、会場には彼の名前が冠されています。
このため本大会は「ローラン・ギャロス・トーナメント」(Le Tournoi de Roland Garros)とも呼ばれています。
全仏オープンテニスは4大大会で唯一、クレーコート(赤土)を利用することでも知られており、他の大会とは違った展開が楽しめます。
毎年の大会は展開が波乱に富み、上位シード選手の早期敗退が多いことから「赤土には気まぐれな神が棲んでいる」と評されることも多いのです。
特にピート・サンプラスは男子歴代1位の「14度」4大大会を制しながらも、全仏オープンは最後まで制覇できませんでした。
最近の男子シングルス優勝者には、“クレーコート・スペシャリスト”たちが大半を占める傾向が強くなっていて、フェデラーを含め、キャリア・グランドスラムを目指す最大の障壁となっています。
技術だけでなく、強い精神力が勝敗を左右する、最も過酷なトーナメントとも言われるグランドスラム大会です。
全仏オープンテニスの歴史は、
1891年 - フランス選手権(Championnat de Frances)として創設。
最初は男子シングルスと男子ダブルスの2部門のみだった。
1897年 - 女子シングルス部門を追加。
1902年 - 混合ダブルス部門を追加。
1907年 - 女子ダブルス部門を追加。
1925年 - 規約を改定し、国際大会となる
(それまではフランス人選手しか出場資格を得られなかった)。
正式大会名をフランス国際大会(Internationaux de France)と改名。
1928年 - 開催地をローラン・ギャロス・スタジアムに移転。
1968年 - 四大大会で初のオープン大会となり、アマチュア・プロの別を問わず参加可能になる。
1995年 - センターコート「コート・フィリップ・シャトリエ」(Court Philippe-Chatrier)を増築。
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